最初は、今年度からブログ担当も兼任しているととろくんです。
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梅雨の季節になってまいりました。
この季節は季節と季節の変わり目です。
体調を崩しやすくなってきます。
皆さまは体調はいかがでしょうか。
私自身の話を少しばかりさせていただこうと思っております。 私は群馬県の太田という街でこの世に生を受け、 10歳になるタイミングで神奈川県の藤沢という街に引っ越してま いりました。実家は浄土宗のお寺です。父が住職をしております。 母と、20歳になる妹と9歳になる弟と私の5人家族です。 特別なものは特にありませんが、仲の良い家族だと思います。
さて、話は変わって先日のこと、 私が恩師と慕う方の息子さんの訃報を受けました。 あるよく晴れた、金曜日のことであったと思います。 次の日にお会いする約束があり、とても楽しみにしていたのです。 しかし、夜になっていきなりそのメールが届いたのです。内容は、 「昨日、息子さんが他界したので会えなくなった」 といったものでした。私よりもひとつ歳の下の方でした。 先生とお会いするといつも息子さんの話を楽しそうにしている方で した。仲の良さが伝わってきていました。
私の家の実家はお寺です。 亡くなった方を送る場面にはよく立ち会うし、 他の人よりもある意味で慣れている方でした。しかしながら、 今回の彼の死はなぜか、他人のことのように全く思えないのです。
実は、 息子さんが他界された日の朝の夢で私は実家の本堂でお経をあげて いる夢を見たのです。その日に彼は亡くなったのです。 息子さんには一度もお会いしたことがないのですが、 本当は会わなければならない人、 縁を結ばなければならなかった人であったような気がしてならないの です。と、同時に最近は息子さんから、 先生のことを託されたのだとも思うようになりました。
今の私は、きっと、私が生きる分と、 彼が歩むはずだった分の2人分、 生かしてもらっているんだと思います。
きっと、我々が迎える明日は、 昨日まで明日を迎えたかった誰かの分も生きさせてもらっているの だとおもいます。
ジブリ映画作品の『千と千尋の神隠し』の主題歌の『 いつも何度でも』の歌詞の中に、次のような歌詞があります。
さよならのときの 静かな胸
ゼロになるからだが 耳をすませる
生きている不思議 死んでゆく不思議
花も風も街も みんな同じ
本当にこの通りだと思います。
人は生を終えるときは、穏やかに、門をくぐる抜けるかのように、 また別の世界への新しい「生」を受けて旅立つのでしょう。 そしてその時に、きっと誰かに想いを繋ぐのだと思います。
それは、私たちに癒しを与えてくれる花も、颯爽と吹く風も、 我々の礎となる街もみんな同じなのです。
人の想いをつなげられる、優しい人間になりたいですね。
では、今日はここらへんで。