2018年10月4日木曜日

ゼミ長のゆっきいです

 夏休みも終わりました。楽しみにしていた内定式(10月1日)は台風の影響で中止にな り、しょうがないと思いつつも少し寂しいです。豪雨や台風、自然にはかなわないとわか りながら被害状況を見ると心が痛み少しもどかしい気持ちです。

 今日はアルバイト先でのお話をしようかなと思います。私は新しくはいってきた新人の高校生に仕事を教えています。人と話すことは好きだし、人見知りというわけでもないのです。だから一緒に仕事をする仲間を心待ちにしていたし、高校生という少し歳の離れた存在にわくわくしていました。自分の妹より年下の子と話すこと自体久々でしたが、そう難しいことはないだろうと感じていました。ですが思ったよりうまくいかないことばかりで、教育(指導?)に苦戦しました。ただ自己成長にも繋がり、いい経験になったよっていう話です。

 自分とまったく違う立場の人に教えることってとても大変だし、同じ目線に立ち考えることの大事さを実感しました。伝えたいことがなかなか相手に伝わらない、今まで新人(大学生や社会人経験者)に教えていたやり方で同じように説明しても全く理解してもらえないことが多く、自分も相手も混乱してしまいました。思い切って教え方を変え、基礎・基本から丁寧にゆっくり仕事のやり方もこれまでと違った角度からか教えました。その結果伝えたいことが伝わり理解してくれました。
 一つのことを教えるのにも一人ひとりにあったアプローチ方法があり使い分けることで確実に伝えることができるというのもわかり ました(例えば、1から順番に教えていくORゴールから教えていくなど 本来やらなければいけない仕事をこなしながら、お客さんも見て新人に教える、、、素直にただただ自分の負担が増えるだけだと感じました。でも実際は自分の行動を見直すきっかけになり、 責任感も身につきました。仕事の優先順位を考えられるようになったり自分の作業効率や質も向上したりさまざまな視点からの教え方・考え方も身につきました(まだまだ勉強中 )。もちろん大変なことも多く、自分のこと、お客さんのこと、後輩のこと全てを完璧にこなすことができないときもありました。教える立場を経験したことで、教えてくれている人の負担も感じることができ、その時間の重さも感じることができました。自分のことを犠牲にして、何かを教えてくれているのだから、こちらも全てを吸収するつもりで学んでいかないとなと思いました。

  来年の四月から新社会人ではじめはたくさん教えてもらうことがあると思いますが、今回の経験を通して感じたこと・考えたことを大切にしていきたいです。なにか自分の教育?エピソードとかあったら教えてほしいです。後期のゼミがそろそろ始まりますが、卒論完成に向けてみんなでがんばりましょう!!

2018年9月20日木曜日

異文化コミュニケーション学会 鳥飼先生講演の感想②

今回も引き続き、8月11日に行われた異文化コミュニケーション学会に参加したゼミ生の感想です!2人目はゆっきいです。

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概要:日本の教育政策における異文化コミュニケーション
   グローバル人材育成から新学習指導要領
   異文化コミュニケーションと今後の教育
   外国語養育の現状と今後の課題

 私自身、人に何かを教えるという立場を経験したことはありませんが、とても面白く興味深い内容でした。学会ときいて少し緊張していましたが、学生にも分かりやすい内容で、しかし深みもあり貴重な経験になりました。改めて大学やゼミで学んでいる異文化コミュニケーションの重要さとあいまいさ、むずかしさを感じることができ、同時に自らこれからの将来どのように伝えていくべきなのか考える機会となりました。

 ゼミで学んでいることが講演中に出てきたり、聞いたことがあるなと思ったり、異文化コミュニケーションの重要性を学会に参加している人が学び考えていることに喜びや誇りを感じました。また自分自身の知識や考え方の未熟さを実感し、これからのゼミでももっともっと知識を深めていきたいと感じました。石黒先生などと異文化コミュニケーションについて学び、得たものを大学を卒業した後も発信していきたいと強く思ったのと同時に、自分にできることはあるのかと感じました。卒業論文を進めながら、わたしが社会に対しどのように異文化コミュニケーションの重要さについて伝えていくことができるのか学び、考えていきたいと思います。

2018年8月24日金曜日

異文化コミュニケーション学会 鳥飼先生講演の感想①

 今回は、8月11日に行われた異文化コミュニケーション学会に参加し、鳥飼玖美子先生の講演会を聞いたゼミ生2名の感想をご紹介します!1人目はれいぴょんです。

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○内容
「文化」とは何か?
「コミュニケーション」とは何か?
「コミュニケーション能力」とは何か?
といった概念の定義付けを改めて聞くことができた。
また、外国語教育の現状と今後の課題についてや、
異文化コミュニケーションというものが今後の教育に肝心であるというお話も聞くことができた。

○感想
概念の定義付けについては、私が大学で学んでいることが主に紹介されていたことから、異文化コミュニケーション学を学んでいない人に対しては、定義から正しく伝える必要があるのだと改めて気が付いた。
鳥飼先生が考える異文化コミュニケーションの意義の中に、鳥飼先生が直接指導した教授たちの、さらにその教え子が、今後の社会で「異文化コミュニケーション」を定着させるために不可欠な存在であるという話があった。
このことから、わたしが今学んでいる学問は、今後の日本社会に役立つものだということに誇りを感じた。
それと同時に、異文化コミュニケーションを発信するという役割を、わたしたちは担っているのだという使命感にも駆られた。
自らが学ぶ学問の先駆者である先生の話を聴くことができ、今後の学びのモチベーションにも繋がる良い機会となった。

2018年7月19日木曜日

ゲームが好きなおすみです


西日本豪雨が甚大な被害をもたらした直後から、酷暑の日々が続いていますね。私は愛媛県出身ですが、幸いにも身近に大きな被害を受けた人はいませんでした。それでも連日の報道で見る故郷の変わり果てた姿には胸が痛みます。一日も早い西日本の復興を祈るばかりです。

さて、今回はゼミ生の人柄を知ってもらうためのブログということで、私の好きなことと異文化コミュニケーションとを少し関連付けてみたいと思います!拙い文章になると思いますが、お付き合いください。

私の好きなことは(タイトル通り)ゲームです。ゲームといっても様々なジャンルがありますが、RPGやアドベンチャーゲームのようなストーリー性の高いゲームが好きです。ゲームに限らず小説や漫画も好きで、これらの現実にはできない体験ができるという点が好きです。人間と動物が話せたり、モンスターと共存したり、一緒に旅をしたり、というような現実世界ではできない異文化コミュニケーションを疑似体験できますよね!

最近流行っているゲームの中に『DETROIT Become Human』というPS4のゲームがあります。これは2038年のアメリカが舞台で、アンドロイドが発達し意思を持ち始め、人間と平等の権利を求めて立ちあがるという物語です。2038年までは、アンドロイドはモノであり家事や仕事を手伝ってくれる存在とされていました。したがって人間がアンドロイドに命令する、という一方的なコミュニケーションが行われています。しかし、アンドロイドが意思を持ち始めたことにより、人間との関係性やコミュニケーションの取り方に次第に変化が表れてきます。
このゲームの中には、アンドロイドは「モノであり、道具である」という人もいれば、「人間と同じ生きている存在だ」という人も出てきます。見た目も話す言葉も人間と同じ。意思や感情すら持ち合わせている。ただ、その体はプラスチックでできていて、体内には青色の血が流れている。そんなアンドロイドが実際に目の前にいたら、私たちはどのように彼らと接するのでしょうか?今はまだゲームの中の話ですが、AIやロボットの研究は世界中でどんどん進歩しており、近い将来こんな世界が本当に私たちを待っているかもしれませんね。

ゲームと聞くと娯楽のイメージが強いと思いますが、現実とは違う世界で様々な異文化コミュニケーションを疑似体験することで、考えさせられることも多々あります。もし気になった人は、是非DETROITも調べてみてください(^^)

2018年7月5日木曜日

平成30年度 ゼミ演習の様子②


平成30年度 ゼミ演習の様子①

 今年後は、卒業論文を書くために論文の書き方や研究の仕方、談話分析の仕方などについてテキストを使って学んでいます。
 使用しているテキストは、
①井下千以子(2014).『思考を鍛えるレポート・論文作成法(第2版)』慶應義塾大学出版会.
②橋内武(1999).『ディスコース:談話の織り成す世界』くろしお出版.
の2つです。

2018年6月21日木曜日

こんにちは。ととろでございます。

 今回から、ブログを読んでくださっている皆様に、ゼミ生の人柄を少しずつお伝えできるような記事もちょっとずつ書いていこうと思います。当ゼミ自慢のメンバーたちを、少しでも身近に感じていただけると幸いです。
 最初は、今年度からブログ担当も兼任しているととろくんです。
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梅雨の季節になってまいりました。
この季節は季節と季節の変わり目です。
体調を崩しやすくなってきます。
皆さまは体調はいかがでしょうか。
私自身の話を少しばかりさせていただこうと思っております。私は群馬県の太田という街でこの世に生を受け、10歳になるタイミングで神奈川県の藤沢という街に引っ越してまいりました。実家は浄土宗のお寺です。父が住職をしております。母と、20歳になる妹と9歳になる弟と私の5人家族です。特別なものは特にありませんが、仲の良い家族だと思います。

さて、話は変わって先日のこと、私が恩師と慕う方の息子さんの訃報を受けました。あるよく晴れた、金曜日のことであったと思います。次の日にお会いする約束があり、とても楽しみにしていたのです。しかし、夜になっていきなりそのメールが届いたのです。内容は、「昨日、息子さんが他界したので会えなくなった」といったものでした。私よりもひとつ歳の下の方でした。先生とお会いするといつも息子さんの話を楽しそうにしている方でした。仲の良さが伝わってきていました。

私の家の実家はお寺です。亡くなった方を送る場面にはよく立ち会うし、他の人よりもある意味で慣れている方でした。しかしながら、今回の彼の死はなぜか、他人のことのように全く思えないのです。

実は、息子さんが他界された日の朝の夢で私は実家の本堂でお経をあげている夢を見たのです。その日に彼は亡くなったのです。息子さんには一度もお会いしたことがないのですが、本当は会わなければならない人、縁を結ばなければならなかった人であったような気がしてならないのです。と、同時に最近は息子さんから、先生のことを託されたのだとも思うようになりました。
今の私は、きっと、私が生きる分と、彼が歩むはずだった分の2人分、生かしてもらっているんだと思います。
きっと、我々が迎える明日は、昨日まで明日を迎えたかった誰かの分も生きさせてもらっているのだとおもいます。

ジブリ映画作品の『千と千尋の神隠し』の主題歌の『いつも何度でも』の歌詞の中に、次のような歌詞があります。

さよならのときの 静かな胸
ゼロになるからだが 耳をすませる

生きている不思議 死んでゆく不思議
花も風も街も みんな同じ

本当にこの通りだと思います。
人は生を終えるときは、穏やかに、門をくぐる抜けるかのように、また別の世界への新しい「生」を受けて旅立つのでしょう。そしてその時に、きっと誰かに想いを繋ぐのだと思います。
それは、私たちに癒しを与えてくれる花も、颯爽と吹く風も、我々の礎となる街もみんな同じなのです。

人の想いをつなげられる、優しい人間になりたいですね。

では、今日はここらへんで。